肥満と糖尿病が人類を襲う

 

1960年代後半、ミシガン大のジェイムス・ニールは、こう考えた。豊富な食物にありついた後で飢餓に見舞われたとき、体内にエネルギーを効率よく貯蓄できない運の悪い大は自然淘汰される、と。

 飢饉のときに生き残った大というのは、食物から摂取した過剰な力口U一を効率よく体脂肪に変えやすい体質であったという仮説である。体脂肪がしっかりついていれば、たとえ飢饉に見舞われても、脳内の血中グルコース濃度を一定に保てるから、生き残れるというわけだ。

 たしかに、食料難に備え、自分の身体をしっかり太らせることができた大や、飢饉のときに入手できるものを、最大の効率で利用できる人のほうが、飢餓の時代を生き残る確率は高いだろう。そして当然のことながら、生き残った人の遺伝子が、次世代に伝えられていく。

 こうして私たちは、食物の豊富なときに、エネルギーをできるだけ効率よく体内に脂肪として蓄え、飢饉に備えるようにはたらく遺伝子を獲得してきた。これが節約遺伝子(あるいは倹約遺伝子)と呼ばれるものだ。

 どこの社会でもさかのばれば、食料の極端に乏しかった時期かおるから、人類はすべて節約遺伝子を持っている。進化の過程で飢饉に何回も襲われた大たちは、効率の最も高い節約遺伝子を発達させたはずである。

 節約遺伝子はいくつかあるはずだが、その1つがアメリカのピマインディアンの研究で明らかになった。回・マインディアンはアリソナ州とメキシコのシェラマドレ山脈に分かれて

  住むようになったかもともとは同じ種族で、遺伝的に同じ人々である。

 1970年ころから、アリゾナ州のピマインディアンは農業をやめ、高脂肪で高カロリーの食事へと変わった。この結果、彼らの90%に肥満が発生した。一方、メキシコに住み農業を継続しているピマインディアンは、肥満にならなかった。

 ピマインディアンを調査して見つかっだのが、アドレナリンβ3受容体を指定する遺伝子である。

 アドレナリンβ3受容体は、脂肪細胞のみに見られる受容体で、交感神経が興奮したときにアドレナリンを細胞に受け入れ、脂肪を分解してエネルギーを消費させるはたらきかおる。

 だが、もしアドレナリンβ3受容体に変異が起こると、アドレナリンの効果が低下し、脂肪が燃えにくくなる。この盖が体内に貯蔵される。この変異によって貯蓄されるエネルギーは、1日に約200k嚠こも達するという。しかも、アドレナリンβ3受容体に変異があるのは、白人は10人にコ人だが、ピマインディアンでは2人に1人、日本人では3人に1人という。

 節約遺伝子を持つ人の比率は、白人よりも黄色人種のほうに多いといえるのである。

 変異は、飢饉になったときに人類を生き残らせるために、故意に起こったと思われる。日本人やピマインディアンはそれだけ、厳しい環境で、粗食に耐え忍んで生きてきたのだといえる。したがって、人を太らせる節約遺伝子は決して悪い遺伝子ではない。

 かつては人類を食物の乏しさから守った節約遺伝子であるが、食物が安定かつ豊富に供給される今となっては、人体で余ったエネルギーが脂肪となり、肥満と糖尿病を増やす原因となっただけである。

 ある特定の環境でヒトの生存に有利にはたらく遺伝子が、別の環境では、逆に不利にもはたらくのである。

 本人は太りやすい体質であるのに加え、高タンパク質一高脂肪・高力口回りー食を食べ運動不足になったため、肥満が増えた。しかも日本人にとって肥満は経験したことがない出来事であることとストレスの蓄積のため、アメU力大よりも容易に糖尿病を発症すると考えられる。