悪性高熱:広島大学が年間200人の命を救っている


麻酔下の恐れる事件の一つに、「悪性高熱」があります。麻酔中に突然発熱して心臓の動きが悪くなり、体に酸素が行き渡らなくなって死んでしまうというすごい病気です。遺伝素因が関係して、肉親を調べるとやはり同様の麻酔で死んだ、という経歴が見つかることもありますが、見つからないことももちろんなります。

この病気は日本でもかなりの数が発見されており、1万人に1人とか6000人に1人とかいう発生頻度のもので、決して少なくはありません。日本全体での全身麻酔数は、年間に200万程度ですから、悪性高熱は年間200例以上もある理屈です。

この病気の人は筋肉に特殊な性質があり、いくつかの要因で筋肉が発熱します。麻酔に使用する薬もこのほっさの要因の一つです。発熱と同時に大量の酸を生じるので、身体が酸性になります。熱と酸性のために心臓の動きが悪くなり、また血液が酸素を運ぶ働きも低下します。

比較的最近まで、この病気は熱が出たら一生懸命冷やすことしか対策がありませんでした。身体の表面から冷やすのですが、それでもだめなら胃腸に冷水を注ぎ、果ては人工心肺を使用した報告もあります。一度発生した高熱症の体温を下げるのはなかなか困難で、死亡率の高い病気でした。しかし、今では状況はかなり改善されています。

一つは、広島大学の麻酔学教室関係の人たちが総力をあげてこの病気に取り組み、一方で純学問的な研究成果をあげながら、処方で日本中の麻酔科医を啓蒙したことです。そのおかげで、手術の前に疑いを持って対応策を講じて麻酔するようになりました。なんでもそうですが、たとえ事件が起こっても、あらかじめ予測していて事件が発生したのと予測していなかったのとでは、対応が全く異なります。悪性高熱の場合には、生死を分ける差となります。初代の盛生倫夫教授に始まり、現在まで続く広島大学を中心とした仕事を一般の方はご存じないでしょうが、日本だけで恐らく数百人の命を救っているはずです。

もう一つは特効薬の開発です。ダントロレンというのがその名前ですが、実は本来別の目的で開発されたものに、悪性高熱に治療効果のあることが判明しました。外国製の薬が日本へさっそく導入されて、現在では大きな効果をあげています。

さらに、この病気のきっかけとなりうる吸入麻酔薬のハロタンと筋弛緩薬のサクシニルコリンの使用が停止されて、発生自体も減っているかもしれません。