環境保護団体と戦ったコーディネーターの英語力

 マタは、ヨシが和英辞典で暗記したon the spur of the momentという、かっこいい表現を耳にして、さすが筆記試験に強いだけのことはあると素直に評価した。 しかしl was thinking in English at that time. は、大学のESSで流行っている日本語英語だ。もっと斬れるネイティヴ英語に変えるには、l was thinking in English. とwasにアクセントを置いて話すだけで充分、at that timeは耳障りである。

 マタは答えた。Because you speak English quickly doesn't mean you think in English. (英語が速く話せるからといって、英語で考えていることにならない。)

 この言葉でヨシはカチンときて、日本語に変えた。

 「要するに、ぼくが英語で考えていない、ということだな。」ムキになっていた。

“Don't be personal. Yoshi. This IS just a game.”(ムキになるなよ、ヨシ。ゲームじゃないか。)とヨシの肩を抑えた。

 外国人特派員会の会長が、ジョークをましえて二人のディペーターを紹介する。マタのヒアリングは80パーセント、ヨシはかろうして50パーセントぐらいしか聞きとれない。

 片方のディベーター、ロッテルダムに本部のある環境保護団体のコーディネーターが、日本の捕鯨の在り方を批判する。

 「全て経済効率(economic sense)しか考えない日本の水産業の姿勢が間違っている。鯨が数においても種においても激減しているのは、日本やノルウェーによる乱獲が原因だ。われわれの調査がそれを示している。」

 この程度の反日キャンペーンだが、あまりにも早口でしゃべるので、テーブルに着いている日本人にはほとんど聞きとれず、一方的に裁かれているくやしさを噛みしめてるばかりであった。

 もう片方のディベーター、宮本が立ち上った。

 「私は日本人、あんなに早くはしゃべれない」とまず軽い笑いをとる。「私の要点は3点ある」と、むしろゆっくり喋り、用意された資料やOHPを用いたビジュアルなプレゼンテーションで勝負という、戦略で臨んだのだ。

 1. Many whale species are abundant. 多種の鯨は豊富だ。

 2. International Whaling Commission (IWC) is dysfunctional (iwcは機能不全に陥っている。)

 3. Anti whaling is anti-environment。
           anti-science。
           anti -cultural diversity。
           anti-sustainable utilization。
           and anti-IWC.

 【反捕鯨は、反環境、反科学、反文化的多様性、反食料問題、反IWC

 この3つの議論(アーギュメント)の要点のそれぞれには、支持する証拠(supporting evidence)力同訓寸されている。水産庁の漁業交渉官の知己を得てインタビューを終えたあと、インターネットであらゆる資料を取り寄せていたのだ。 10数年間、この環境保護団体と闘ってきたプロから依頼を受けたディペーターの宮本がかけた調査の日数は僅か1週間だった。

 とくに、2番目の議論(IWCが機能不全)の裏付けはThe Atlantic MonthlyのFloating the Conventionの記事が役立った。そこには、The campaign to ban all commercial whaling is driven by politics rather than science, and IS seeing a terrible precedent. (すべて商業捕鯨を禁止させようとする行為は、科学的判断というよりも政治的意図により動かされており、放置すればとんでもない前例を残すことになる)という驚くべき告白が載っていたのだ。

 このdriven by という英語にヨシは考え込んだ。うーん、学校では学べない英語だ。 motivated by をやめて、これからはdriven by に変えてみようと、決意するヨシだった。

 一方、マタには、そう思いつめるヨシがa driven man(何かに追われている男)に見えた。そして「あの神出鬼没の宮本速蔵を動かしているのは何だろう。 Driven by what?」と考えた。

 Driven by what? Driven by what? Driven by what?

 気になったマタは、公開ディベートが終ったあと、外国人記者クラブの廊下で宮本に質問した。

 「何がぼくを動かしているって? 道かな、いや空だろう。タク先生にたずねなさい。」

 宮本は風のように去った。

『英語は格闘技』 松本道弘