ネイティブ並みの英語力をもつ帰国子女の悩み

あるアメリカ人が英語でインタビューをした。

 “Why do you want to learn English?”

 マタはこう答えた。 “Well, because l just love to.”

 ヨシは、「しかたがないから」という意味で、゛Tm obliged to.” という受験英語を使った。

 “You mean because you have to?” とネイティヴ`は聞き直した。フィーリング型のマタがbecause I love toと答えたので、ロジック型のヨシはbecause l just have toと答えるのかなと思ったら、I'm obliged to. という古式な英語でコミュニケーションのリズムは消えてしまった。「しかたがない」はIt can't be helped.とヨシはインプットしてしまって、それ以外の英語は耳に入らない。マタなら、l just have to. と答えたはずだ。それなのに「好きだから」「l 」ust love it.)と素直に、しかも素直な英語で答えている。こういうのをfeeling Englishと言うのだろう。

 沢庵先生は、吉川英治の『宮本武蔵』を何度も読み、自分の天職は武蔵が唯一人恐れる沢庵和尚になり、英語道教育を通して日本人の人格形成を図ることだと心に決めている人物である。沢庵先生(以下タク先生)は二人の大学生を連れて、市民講座を聞きに行くことした。『21世紀日本の構想』のメンバーである国際ビジネスマンが、英語の“第2公用語論”を語るというのだ。

 「みなさん、TOEFLのことをご存知ですか。そうです、550点以上取れば、アメリカ、カナダの4年制大学に正規入学できるというテストです。ところが、アジア地域21力国の国別の平均点はどうでしょう。1位がフィリピン、2位がインド、3位はスリランカで、日本は18位です。お金をかけているのに全く成果があかっていない。 今やインターネットの時代、グローバル・スタンダードの潮流に乗り遅れては、日本の政治的、経済的地位はいつまでたっても回復できません。英語は国際語なのです。いつまでも翻訳に頼ってはいられません。日本人同士でも英語で会話ができるようになって初めて、国際化時代と言えるのです……。」

 あとの言葉はもう耳に入らない。講師の話に刺激されてマタは英語を喋りたくてウズウズしている。

 “I'm on a roll, Tack. Let's talk in English.”(先生、英語で話をしましょう)

 Tackと呼んだのは、タク先生が文化センターの英会話教室で、Don't sensei me. call me Tack.(私のことを先生と呼ばないで、タックと呼んで下さい)と言っていたからだ。

 “Let's go, Yoshに(ヨシも行こう)と言われてヨシも黙って立ち上り、マタは、“Why wait?” (善は急げ)と帰国子女らしい英糾を使った。3人は公会堂を抜け出し、近くの喫茶店に入った。タクが口を開いた。

 “What do you make of that speech?” (あのスピーチのことをどう思う)といきなり二人に誹りかけた。いつも教室では、How do you think about is? をWhat~に変え、Let's discuss about it. のaboutは要らない、とうるさく注意をしてきたが、今日は、CNNのラリー・キングが使うような英語を使った。

 “What do you make of it?" もう一度、繰り返した。マタ:Good idea. l buy that. Wish more and more Japanese could speak English the way you d0, Tack.

 タク先生に対してまるで友達のように語りかけている。ヨシ:l disagree. He's a business man. It's natural for…uh…of him to say so. Not every person wants to go into business any more than l don't, l mean, l d0.

 ヨシは明らかに学校英語の影響を受けている。文法的には正しく、構文はハイクラスそのものだ。It's natural for~to~というit~for to~の構文を使おうとしたが、ハッと気がついて、forをofに変えた。

 any more than I don'tのdon'tをdoに変え、「私かビジネスに入りたくないのと同様に」という意図も正確に伝えたいがために、正確な文法を使っている。

 Not every person wants と、部分否定の技も確実に押えている。マタは筆記試験なら確実に負けると思った。しかも、アメリカにいた頃の近所の仲間もヨシのような格調の高い英語はだれも使わなかった、とヨシの英語に惚れ直した。だが一言多かった。

 “l envy you your school English, Yoshi."(きみの学校英語が羨ましいよ。ヨシ。)

 ヨシはムツとして言った。 “Come off it, Mata. Mine is a text-bookish English after all." (どうせ、ぽくの英語は教科書英語さ)

 もちろんそれはタテマエで、ホンネは、教科書英語でこそ英語の文化が学べ、教養として身につくのだというプライドがある。帰国子女のチーチー・パッパ英語なんか、とどこかマタの英語を見下したところがある。

 だがヨシは、マタが帰国子女ということで、学校で英語の先生にネイティヴ並みの英語を敬遠され、仲間からもいじめられたことがあることは知らなかった。(ネイティヴらしい発音をして、なぜいじめられるのか。いしめられなくてすむ学校英語が羨やましい。)何度くやしい思いをしたことか。 Police say~と言う代りに、According tothe police station~と変えられてしまう。これでは英語が嫌いになってしまう。このままでは、せっかくアメリカで学んだ英語のリズムを失なってしまうと、タク先生の文化センターへ通うようになったのだ。

 マタはクラスでいつもトップのヨシを尊敬していた。

 “You always come out on top, Yoshに(いつも君はトップだね。ヨシ)

 “It's very difficult for me to maintain the position of number one in class.”

 だれでも判る英語だが、あまりにもテンポがのろくて、リズムがないことに気づいたタク先生が、ヨシの英語をこう直した。

 “It isn't easy to stay on top.” (首位を守るのはラクじゃない)

 それを耳にしたマタは、“Yeah, it's harder staying ontop. But I'll try harder.” と流暢に答えた。タクよりもスピーディーで、パンチが効いている。「追うものの強み」と言いたくて、レンタ・カーのパーツのコマーシャルで有名な“We try harder.”を使ったのだ。

 するとヨシは、“l call it a fast-mover advantage.”(それを先手必勝という)と驚くべき高級な英語を使ったのだ。

 「もう30分経つたか。この辺りで日本語に切り変えよう。隣りのカップルが気にし始めているようだ」と、タク先生。

 「君たち二人の英語は、急速に伸びている。性格も考え方も、使っている英語の質もまるっきり違うのに、どちらも私が誇るべき英語を使っている。二人は仲良く闘ってくれ」と言って、二人に握手をさせた。

 仲良く闘え、という発想はヨシにはピンときだ。(Competitive-cooperative spirit だな、次に使ってやろう。)次の英会話の闘いのためにすでに構えているのだ。

 海外生活の長いマタは、構えがなかった。「仲良く闘え」を頭の中でPlay nice. Don't fight.と軽く考えていた。

 タク先生は続けた。「仲良くしてもらいたいのは、日本人が世界に誇る〈和〉の精神が活かされる世界を創り上げたいからだ。<和〉は、harmonyというよりもintegrityだ。君たち二人をインテグレートするのが、私の仕事だ。君らが異質な人間の方がかえっていい。どちらもintegral parts (切り離せな゛部分)なのだ。この異端のものが棲み分けつつ、同時にまとまっている〈和〉の状態がintegrityなのだ。

 神道と仏教の間にはさまれて苦労した聖徳太子が「以和為尊(和をもって尊しとなす)」と「十七条の憲法」のなかで喝破したことは、このintegrityのことだ。「和」といprinciple (原理・原鄒は、西洋社会でいう、justiceに近いものだ。〈和〉をイギリス人ならdivine-justice (聖義)と訳すかもしれないが、これは〈俗〉というより〈聖〉の空間に属すべきものだ。あまねく平等であろうとする水の心こそ、日本人にとりprinciple (哲学)で、それを貫くことをintegrityという。

 「先生、これからどんな英語の勉強をすればいいのですか。」

 「自分より上のライバルを見つけることだね。経営用語でベンチマーキングというが、平たくいえばrole modelのことだ。さしずめ、佐々木精次郎か宮本速蔵か……。

 来週、この区民会館でピーターという語学の天才が講演をする。その時に必ず二人の英語達人は現れる。」

『英語は格闘技』 松本道弘