インフルエンザウイルスの毒性はHA(赤血球凝集素)の構造で決まる


インフルエンザウイルスが標的細胞に感染するには、まず、細胞表面のレセプターに結合しなくてはなりません。この結合を担うのが、ウイルス粒子表面に出たHA(赤血球凝集素)という糖タンパク質です。HAがうまく結合できるようなレセプターをもたない細胞には、ウイルスは感染できません。鳥においては、全身にあるほとんどの細胞が、鳥型インフルエンザウイルスに対するレセプターをもっています。

次に、HAを介して宿主細胞のレセプターと結合したウイルス粒子は、細胞膜に包み込まれて細胞質内に取り込まれます。その後、ウイルス粒子内部の遺伝物質RNAが細胞質内に放出されて、RNAの転写と複製が開始されます。すなわち、これで感染が成立するのです。この膜融合を引き起こすのが、HAの2番目の機能です。

ウイルスが感染した細胞内ではHAが合成されます。合成直後のHAには、この膜融合活性がありません。したがって、このような前駆体HAをもつウイルスは感染性をもちません。しかし、このHAの特定部位にアミノ酸が、タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の作用で加水分解すると、HAは融合活性を発現するようになり、同時にウイルスは感染性を獲得します。すなわち、HAがプロテアーゼで特異的に開裂されることが、インフルエンザウイルスの感染性発現には必須条件なのです。この現象を「HAの開裂活性化」、または「ウイルスの開裂活性化」といいます。

ニワトリでは呼吸器と腸管上皮の局所感染にとどまる弱毒型の鳥インフルエンザウイルスと、致死的な全身感染を起こす強毒型インフルエンザウイルスについて、HAの構造を比較してみます。弱毒型ウイルスのHAでは例外なく、その開裂部位にはアルギニンという塩基性アミノ酸は一つだけ存在します。これに対して、強毒型ウイルスのHAでは、アルギニンやリジンというアミノ酸が、6~8個並んだ塩基性構造をもつことが明らかにされています。

弱毒型HAの開裂有為加水分解するプロテアーゼは、呼吸器と消化管に限って存在するので、弱毒型ウイルスのHAは、これらの臓器でのみ開裂活性化を受けます。その結果、ウイルスはこれらの組織でのみ増殖を繰り返すことが可能となります。しかし、それ以外の組織では、感染性を獲得できず、感染は広がりません。すなわち局所感染にとどまります。

これに対して、強毒型ウイルスのHAの開裂部位を構成する塩基性アミノ酸の連続構造は、すべての細胞のゴルジ体に普遍的に分布するプロテアーゼで開裂を受けるので、すべての細胞で感染性を獲得した子孫ウイルスが産生されます。したがって、全身の組織で感染が進行し、全身感染を起こすこととなります。

実験的にHAの開裂部位の構造を変化させると、ニワトリに対する病原性も並行して変化することが証明されています。すなわち、HAのわずか1ヵ所の構造の違いが、病原性の違いを規定しているのです。