看護教育目標の分類:認知領域、情報領域、精神運動領域


 ブルームらは、「教えるということは、達成されるべき最終モデルを頭のなかに描きながら、ある時期にはある段階へと集中する」ことを前提として、「複雑な最終的成果を、個別的にある順序をもって達成していかなければならない構成要素の形に分析すること]を教育技術としている。ここでいう[複雑な最終的成果]とは、学習から生じるほとんどの行動が、認知領域(cognitive domain)、情意領域(affective domain)および精神運動領域(psychomotor domain)の三つの領域を含んでいるということを意味する。この考えに基づいて、目標を上記の三つの領域の視点から分析して、教育内容を学習構造として整理したうえで教育を始めることを提唱している。この三つの領域の概略を述べると、次のようになる。

(1)認知領域 知識の習得と理解および知的諸能力の発達に関する諸目標からなる。

(2)情意領域 興味、態度、価値観・習慣などの意志や情緒と正しい判断力や適応性の発達に関する諸目標からなる。

(3)精神運動領域 神経と筋の協調を要する一連の行動群で、手先の各種技術ないし技能や運動技術ないし技能に関する諸目標からなる。

 ブルームらによる教育目標は、認知領域・情意領域・精神運動領域の三つの領域に分類されているが、そのうちまだ具体化されていない精神運動領域以外は、さらに詳細な目標分類ができるように考えられている。内容的特徴のとらえ方を問題にするために、目標分類の方法を概略的に理解し、看護教育における教育目標の設定方法を考えてみよう。それには、ブルームらの提案を活用しやすくしてイリノイ大学の医学教育開発センターから提案されている分類項目を用いて、看護の内容と対比してみるのも一つの方法であろう。

 医学教育開発センターによる分類では、認知領域・情意領域・精神運動領域の3領域を、さらにそれぞれを3段階に分類している。この段階は、同じく受容度によって低次の目標から高次の目標へと仕分けしたもので、単純なものから統合にいたる順序性ないし内容的階層をあらわしたものである。それぞれの項目の性質と含める内容の特性は、次のようである。

(1)認知領域

 ① 想起(recall):記憶という心理的なプロセスが強調されるものである。特定の事実、基礎的な術語(専門用語)、概念・原理・法則・プロセス・方法・理論などをただ「知っている」「思い出せる」というレベルである。知識と同義語ととらえてよかろう。

 看護の内容では、人間の理解と健康問題に関する知識が中心となる。生体の機能・構造に関する知識、ライフサイクルや生活過程ないし生活習慣に関する知識、判断・批判を行う方法に関する知識(現象の過程・方向性・変化に関する知識)、援助技術の方法に関する知識、現象の説明や問題解決に用いられる理論や概念などが含まれる。

 ② 解釈(理解) (simple interpretation):単に知識として知っているだけではなく、このレベルでは知識の意味づけや理由がわかることと解釈能力をもつことである。上記の知識を現象の説明に利用する能力、内容間の関係を把握する能力、データの分析・解釈をして妥当な予測を立てる能力などが含まれる。つまり、単純なデータの意味づけや理由づけの説明、それを特定の現象ないし事象にあてはめて関連を説明すること、事象やデータ間の構成要素やその関係の指摘、そこから読みとっだ原理に基づいた推理および知識の限界の認識などがそれである。この段階は知的技術ないし技能の最も低いレベルに位置づけられる。

 看護の内容では、クライエントの状態およびその環境ないし看護の場に知識をあてはめて、クライエントの身体的・精神的・社会的状態を説明すること、およびその場における自己の役割を認識すること、それに得られたデータや情報の分析や解釈をして妥当な推定・予測を立てることができる領域を含む。

 看護の場における現象は一例一例すべて異なるので、必要な知識・データをその状況に合わせてクライエントに説明することが一つの看護行為となる。

 ③ 問題解決(problem solving):理解している知識を応用して、新しい問題を解決するために複数のデータを分析したり、統合したりできる高次の知的行動のレベルである。必要なデータ・資料を収集する能力、情報間の相互比較をする能力、知識のなかから必要な内容を選択する能力・判断力、適切な計画を立案する能力などが含まれる。

 看護の内容では、看護上の問題解決のために必要なデータ・資料の選択と収集する能力、必要な関連情報を比較検討する能力、看護内容と方法の選定および看護上の判断、実施した看護の評価などが含まれる。臨床で行われる看護のほとんどがこの問題解決のレベルで行われるので、多くの知識が理解および問題解決のレベルで求められることになろう。ブルームらによる分類の「応用」「分析」「総合」「評価」は、この項に含まれる。

(2)情意領域

 ① 受入れ(reception):特定の現象・状況・条件、あるいは問題に対する感受性をもっているかどうかということである。[受入れ]では心のかまえをもつことの重要性をまず知る必要があるが、それには意識していること、意欲的に受け入れること、統制的・選択的に注意を払うことが望まれる。 看護の内容では、看護の場におけるさまざまな現象を感じとり、それを看護の内容に変えていくための最初の気づきといえる。

②反応(response):刺激あるいは現象に対して明らかに反応し、それに関する何かを行うこと、特定の現象に対して、自発的にはたらきかけたり必要な行為をしたりすることである。つまり、「受入れ」の段階で気づいたことを行動につなげていく段階である。それには、自己のとるべき態度の方向性を明確にして、従順に、意欲的かつ満足感をもって行動することが望まれる。

 看護の場では、実際の看護のなかにさまざまな気づきの内容を援助内容として取り上げようとすること、気づきの内容を反映した援助を実践しようとするようになることである。

 ③ 内面化(internalization):さまざまな行動が信念や一貫性と安定性をもった望ましい態度で行われるようになる段階である。すなわち、いつ、いかなる場合でも同じような態度がとれるような心がまえが完成し、それが習慣化されることを意味する。また、そのかかわり方も積極的になり、かつ必要な内容が自然に行為となったり、必要な考慮点が実施する行為のなかに自然に組み込まれるようになることである。なお、ブルームらの[価値づけ][組織化]「個性化」は、この項目に含まれる。以上の情意領域の内容には、態度・信念・価値観といった概念に関するものが含まれる。その内容は、自分自身に対するものとして科学的な思考をする態度、学習の習慣をもつ態度、創造的態度、社会的存在としての態度、常に新しい知識を求める態度、固執した信念を再考する態度などがあり、対人関係として、患者・家族・看護職者間・医療関係従事者間との関係上必要な配慮および調整、職業倫理としての価値判断などがある。

 情意領域の内容は、認知領域の発達の成果に付随してあらわれるものであることから、その内容を特定し、明確な目標としてあらわすことがむずかしい場合が多い。このような理由から、この領域の内容に関しては、目標として表現する必要はないとする考え方と、目標設定の必要性を主張する考え方がある。実際に内容を検討していくと最も目標化しにくい領域ではあるが、対人関係が中心となる看護の場合には、この領域の内容をできるだけ行動化して表現しておく必要があろう。それも看護援助の過程でその内容が確実に考慮されるように表現しておくことが望まれる。

(3)精神運動領域

 ①模倣(imitation):示された動作を模倣するレベルである。つまり、観察したり、知識を想起しながら行動してみるレベルである。

 看護の内容に置き換えると、看護技術などの行動を学習する際には最初に見学をさせ、その後、ひとりで実施させるという段階をふんで学習させることが多いが、このような初期段階の学習のすべてを模倣としてよいであろう。それには、教師による看護技術のデモンストレーション後の模倣、フィルム・ビデオなどによる学習直後に行う模倣、臨床においてスタッフが行う看護の模倣などがある。

 ② ゴッドロール(control):指示に従うか自分で必要な動作を選択して操作できるレベルである。

 看護の内容では、種々の看護技術ないし看護行為を手順に従って、ある程度自分で操作して実施できることをいう。このレベルにおいては、正確さ、調和、注意深さ、高度の正確さを伴って、ひとりでできることが要求される。

 ③ 自動化(automatism):内容的な一貫性をもって、正確さのほかに、速度や時間の要素を加えて一連の行為を行うことである。つまり、ほとんど意識することなく、自然にそのことが適切にできるようになるレベルである。看護における「精神運動領域」の内容は、触診・打診・聴診を含む身体各部の観察技術、日常生活の援助技術、コミュニケーション技術、健康生活を守るための教育活動、管理・リーダーシップにかかわる技術、診療行為への援助技術などで、実際の看護活動に必要な看護行為のすべてが含まれる。

 上記の三つの分類のほかに、ディブによる「模倣」[操作]「正確さ」「円滑さ」「自然らしさ」という分類もあるが、これについては「操作」と「正確さ」を「ゴッドロール」の範囲で、[円滑さ]と「自然らしさ」を「自動化」の範囲でとらえると、前述の内容と大差ないということができる。そのほか

 「模倣」「熟練」「応用」「創造性」なども考えられるが、これらについては、分類と異なり、「熟練」に「操作」と「:汪ミ確さ」ないし「コントロール」の意味をもたせ、「応用」と「創造力」に関する内容面での広がりをつけた目標を設定するのには都合がよい。

 これまで教育目標を具体化するために、内容的階層性をいかにつけていくかについてその考え方を示したが、実際に目標を設定するには必ずしも認知・情意・精神運動領域のそれぞれを三つのレベルで考える必要はない。しかし、認知領域については内容的な幅もあり、三つのレベルの内容を具体化することを前提とした取組みをすべきであろう。それは、次のような理由からである。

 (1)認知領域の内容は、情意領域・精神運動領域と密接な関係があり、それぞれの区別をつけにくい面がある。その区別をつけるためにはそれぞれの内容を具体的に示しておく必要がある。(2)認知領域の内容には、知識レベルから問題解決レベルまでのものが含まれる。知識を多様に活用しながら、知識の統合をはかって問題解決レベルへつなげる必要があり、かつ情意領域や精神運動領域の行動をとるには、その行動の実施過程に必要な内容が、認知領域の内容との関連で明確にされている必要があるからである。

 他の情意領域と精神運動領域に関する三つのレベルについては、具体化しようとしている内容が、ある意味で同一内容の評価規準的な意味をもっているとも受け取れるので、内容の整理段階では、三つのレベルにあまりこだわる必要はないであろう。ただし、精神運動領域の内容については、学習の過程と学習の効率化を考慮して、一つの看護としてのまとまりと、それを構成する基本動作の両面から取り上げることが望まれる。

 このような考え方のもとに、看護基礎教育に必要な内容を概括してみると、次のようになる。

 認知領域:人間の理解と健康生活および健康問題に関する知識を中心とした。

      知識の習得と理解および知的諸能力の発達に関する目標

 想起(知識):・基礎的な術語(専門用語)の定義

        ・特定の事実

        ・看護の実践や問題解決に必要な原理、原則、概念、理論

      ・看護の方法

       ・看護の手順およびプロセス

       ・人の発達段階からみた身体的・心理的・社会的特徴

       ・関連場面における判断・批判を行う方法(現象の過程、方向性、変化など)

解釈(理解):・知識の現象説明への利用

       ・データの分析・解釈と妥当な予測

       ・関連内容間の関係把握

問題解決:・看護上の問題解決に必要なデータの認識

       ・看護内容と方法の選定

       ・判断力ないし看護上の判断

       ・適切な計画の立案

       ・実施した看護の評価

情意領域:対人関係および自己の成長に関する内容を中心とした、態度・興味・関心・価値観・習慣などの意思や情緒に関する目標

       ・患者および家族への配慮

       ・関係従事者との協調

       ・関連事項に関する価値観

       ・学習内容に関する興味・関心

       ・学習の習慣

       ・社会的存在としての態度

精神運動領域:看護として実践する日常生活および治療上の援助技術を中心とした、神経と筋の協調を要する一連の行動群(技術)で、実技的・技能的能力に関する目標

       ・クライエントの観察技術

       ・日常生活に必要な援助技術

       ・検査・治療時の援助技術

       ・コミュニケーション技術

       ・健康生活を守るための教育活動

教育目標と評価の目標 

 「何を評価するのか」(what)ということを明確にする方法として、目標設定時のさまざまな要件を述べてきた。そのなかでは、「何を」ということを常に教育目標と結びっけて考えてきたが、実際に評価する場合には、「教育内容」「評価目標ないし評価の対象」および「教育目標」問の関係を明らかにしておく必要がある。

 「教育内容」は、いうまでもなく教育ないし指導内容そのものを指している。しかし「評価目標」は、教育内容を学習者が身につけた場合の具体的な形であらわしたものであるが、教育内容に関する知識、関連内容との関係把握、技術および態度といった能力的要素を指していたり、具体化した内容、つまり内容的要素でその性質がわかるようにしたものを指したりしている。

 「評価の対象」という用語は、評価目標と同義的に用いられているが、教育内容を含めて問題にし、その範囲も大小さまざまであることが多い。またいわゆる「テスト」の問題としての直接的な内容を意味することもある。「教育目標」という用語は、機関の一般目標を土台に、順次必要に応じて具体化される目標を示すものであり、教育評価では、それ自体を「評価目標」ないし「評価の対象」としてとらえている傾向がある。それは、教育評価の概念が拡大し、学習過程での評価を重視する傾向が強まり、教育目標として整理された内容はすべてそれぞれの学習過程で、評価の対象となると考えられるからである。すなわち、教育目標はそれを学習者が身につけた場合の具体的な内容で考えられ、その内容が評価時の直接的な手がかりとされるため、目標そのものが学習者の直接的な学習の行動を示す教材内容となり、その目標到達のために、教授・学習活動が進められ、それに対する評価がなされることによる。しかし、学習内容のすべてに対して到達状況を確認することは困難で、また、学習者の成績を出すために行う、いわゆるテストでは使用できる時間の制限もあるので、評価の対象としては、教育目標のうちの特定の内容に限定せざるを得ない。この限定した内容を「評価の対象」とよぶ場合もある。