統合失調病の遺伝説


 研究成果が集積されるにつれて妥当性を失った学説もあるし、新たに注目されるようになった学説もあります。

 統合失調症は異種だといわれますが、それは異なった病態と病因をもつものが集まっているという意味です。すなわち、統合失調症は二つ以上の個別のグループからなっており、また二つ以上の病因が存在するという考え方です。今日、統合失調症について書かれたものはほとんどすべてこの異種性に触れており、たぶんそのとおりなのでしょうが、しかしこれは明確に立証された事実と言い切ることはできません。逆に、統合失調症は単一の原因から生じているという考え方も成り立たないわけではないのです。ルイスートマス博士は、梅毒や結核、悪性貧血などはかつてほとんどの科学者にとっては単一の病気であるとは思えないような多彩な症状を呈する病気でしたが、今では各疾患の根本的な原因として、単一のもの(それぞれスピロヘータ結核菌、ビタミン欠乏)が見つかっていることを指摘しています。同じことが統合失調症(また、双極性障害についても)に当てはまる可能性がないとは言えません。

 これから説明する病因に関する学説は、それぞれの理論を相互に排除するものではないということを念頭に入れておいて下さい。統合失調症の病因は、いくつかの要因が組み合わさったものであるかもしれません。たとえば、免疫学的・生化学的機能障害を生じやすい遺伝的素質とか、子宮内でのウイルス感染を引き金とした発育異常などです。

遺伝説

 統合失調症の遺伝説は最も古い学説の一つで、最も広く受け入れられ、研究も非常に盛んに行われています。遺伝説では、統合失調症は一つまたは複数の遺伝子によってある世代から次の世代へと受け継がれていく病気であると主張します。最近、嚢胞性繊維症やハンチントン舞踏病の遺伝子が発見されたことで、統合失調症を含むあらゆる病気についての遺伝研究が盛んになっています。複数の罹患者をもつ家系を用いて、病気を伝達する責任遺伝子(群)を見つける研究が現在進行中です。

 統合失調症の遺伝説の最も有力な証拠は、病気が家族内に集積している点です。統合失調症患者の兄弟、姉妹、子供などの統合失調症発病危険率はおよそ一〇パーセントといわれていますが、統合失調症の人が家族にいない場合には一・五パーセントです。一卵性双生児の研究では、一方が統合失調症を発病した場合、他方の発病率はおよそ三〇パーセントになります(五〇パーセントという数字をあげている本が多いのですが、この数字は方法論的に誤った研究の結果にもとづいています)。二卵性双生児の場合は、もう一方の発病率はおよそ一〇パーセントで、双生児でない兄弟や姉妹の発病率と同程度です。統合失調症の親から生まれた子供が病気でない人の養子となって育った場合の調査でも、約一〇パーセントという高い発病率を示しています。もし養育が統合失調症の病因であるならば病気でない育ての親のもとで育ったのですから発病率は一・五パーセントになるはずです。したがって、一〇パーセントという高い発病危険率は生物学的親から受け継いでいることが示唆されます。

 実際、すべての統合失調症研究者が、発病に遺伝がなんらかの役割を果たしていることを認めていますが、それがいったいなんであるのかについては議論が絶えません。統合失調症が本当に遺伝的な病気だとしても、優性遺伝や劣性遺伝などの実在する遺伝様式には当てはまりません。また、統合失調症の人は子供の数がきわめて少ないにもかかわらず、統合失調症がこの世からなくなっていかないことも理解に苦しむ点です。さらに、いとこ婚などの血族結婚が発病率を高めるわけでもないようです。というのは血族結婚が多い地域での統合失調症の発生率は高くないからです。最後に、同じ病気が家族内に見られる統合失調症者は全体のおよそ三分の一にすぎず、残りの三分の二は家族歴をもたないのです。

 統合失調症が本来遺伝病であるというよりも、原因となる物質の影響を受けやすい遺伝的素因があると考えることもできます。つまり、統合失調症は関節リウマチやインスリン依存性糖尿病、乳がん、大腸がん、そして他の多くの疾患と同じカテゴリーに含まれるのではないかという考え方です。これらの患者は、原因となる物質に曝された場合に遺伝的に病気を発病しやすい傾向をもちますが、病気自体は遺伝子によって伝達されるわけではなく、真の遺伝病とは言えません。