肥満の原因:β3-アドレナリン受容体やUCPの遺伝子変異

 今の社会でいくら肥満者が増えているとはいえ、道を歩いている人のほとんどは肥満ではない。アメリカジンのうち三分の一が肥満であるとしても、残り三分の二は肥満ではないこ
とになる。このような個人差はどうして生じるのだろうか。

 一九九四年、アメリカのフリードマン博士らのグループはマウスを肥満にする原因遺伝子を発見した。その遺伝子は「レプチン」と名付けられたタンパク質を正常につくることができないために肥満マウスになってしまったのだった。

 レプチンは脂肪細胞でつくられ、血液中に放出される。それが脳に達すると視床下部という部分の満腹中枢を刺激し、「もうお腹いっぱいで食べられない」と感じさせる作用をもつ。通常レプチンの分泌量は脂肪細胞の増加とともに増えることも判明している。 肥満マウスはレプチンをつくる遺伝子の塩基配列のうち、たった一つの塩基に間違いがあった。C(シトシン)がT(チミン)に変異していたために、正常なレプチンをつくることができず、食べ過ぎで太ってしまったのだ。

 ヒトにもレプチン遺伝子(正しくはOb遺伝子)があり、肥満マウスと同じ理由で肥満になってしまった人がいることがわかった。しかし、ほとんどの肥満者では正常なレプチンが分泌されており、現時点では多くの肥満者はレプチンの満腹シグナルを受容するほうの遺伝子に問題があり、シグナルを正常に受けとることができないために太ってしまうのだろうと考えられている。

 肥満が別の原因でおこるケースがあることも報告されている。それは脂肪細胞にあるβ3-アドレナリン受容体の異常である。

 脂肪細胞には褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞の二種類があり、褐色脂肪細胞は脂肪をとりこんではせっせと燃やして熱を発生させ、白色脂肪細胞はいざというときのために脂肪を蓄える役目をしている。そしてこれらの脂肪細胞にはβ3-アドレナリン受容体というタンパク質があり、ノルアドレナリンの命令を受けとると、白色脂肪細胞は貯め込んだ脂肪を脂肪酸に分解して吐き出し、褐色脂肪細胞はそれをとり込んで熱に変える。しかし、この受容体に異常があってノルアドレナリンのシグナルを受けとることができなければ、脂肪が燃やされにず肥満になってしまう。

 事実、肥満と糖尿病が多いことで知られるアメリカ先住民のピマ族に、β3-アドレナリン受容体遺伝子に変異が見つかり、日本人にも同じ変異遺伝子が見つかった。しかも日本人は約四割の人がこの変異をもっているという。

 β3-アドレナリン受容体の変異は、安静代謝量(座って安静にしている状態で消費される熱量)を減らし、肥満になりやすくする。

 日本人の成人女性の安静代謝量は、正常遺伝子の人はおよそ一一〇〇~一四〇〇キロカロリーであるのに対して、変異遺伝子をもつ人ではそれより二〇〇キロカロリーも少ないという。つまり、じっとしていても太りやすいのだ。

 さらに最近の研究では、肥満にUCP(脱共役タンパク質)というタンパク質が関わっていることも明らかになってきた。UCPには三つの型があり、UCPIは褐色脂肪細胞、UCP2は体のあらゆる細胞、UCP3は骨格筋でそれぞれ熱生産に関わっている。これらの遺伝子に変異がある人は、やはり代謝熱量が少なく、やせにくいという。

 β3‐アドレナリン受容体やUCPの変異遺伝子は、安静代謝量を小さくすることで人を太りやすくするが、裏を返せば生きていくのが安くすむ遺伝子ともいえる。すなわち、これが二ール博士が提唱するところの「干不ルギー節約遺伝子」かも知れない。

 さて、レプチン遺伝子にしても、β3-アドレナリン受容体やUCPの遺伝子にしても、塩基配列に間違いがあって正常なタンパク質をつくれないことが、肥満になりやすいという体質を遺伝させる。つまり、肥満体質は変異した遺伝子が親から子へ受け渡されることによって遺伝する。

 もっとも、これらの遺伝子をもっているからといって、必ず肥満になるかというとそうではない。体質を自覚し、運動を心掛けたりカロリーコントロールを行えば肥満は避けられ、遺伝子ですべてが決まってしまうわけではない。肥満が一般に遺伝三割、環境七割といわれるのはそのためだ。