大正製薬:「ジクロテクト」と「ストパン」の製造元が異なる理由

 大正製薬の売上高は2584億円、営業利益は347億円、従業員数は5569人であり、国内OTCメーカーのなかでは売上高トップを誇る企業である。同社のOTC戦略である既存高認知製品活用戦略の特徴、ならびに同戦略が近年限界を露呈している。大正製薬はどのようにしてスイッチOTCの発売にこぎつけたのか。ここでは、09年4月に発売された「ジクロテクト」と「ストパン」の2つの事例を分析することで、大正製薬のスイッチOTC製品化の仕組みを明らかにしていこう。

 これら2つの製品において特に注目してもらいたいのが「製造元」である。「ジクロテクト」は同仁医薬化工(医薬品メーカー)が製造しているのに対し、「ストパン」は、新薬の知見(スイッチ成分)を保有していないはずの大正製薬が製造している。なぜ製造元が異なっているのか。この違いが生じた背景を探ってみよう。

 「ジクロテクト」のケースでは、スイッチ成分の開発元である同仁医薬化工から販売ライセンスのみを取得する契約を交わしていた。この契約では、スイッチOTCの開発・製造は同仁医薬化工に全面的に委託することになる。つまり、大正製薬は、「ジクロテクト」の開発・製造ノウハウを保有しないが、自社ブランドとして販売を担当する。

 一方、「ストパン」のケースでは、スイッチ成分の開発元であるアボットから開発データを取得するという契約を交わしていた。この契約により、アボットから獲得した開発データをもとにして大正製薬が、自らスイッチOTCの開発・製造・販売を行っている。つまり、「ストパン」の開発・製造・販売については一貫して自社で行っていることになる。

 まとめると、大正製薬は、他社が保有する新薬の知見(スイッチ成分)を「販売ライセンスの取得」または「開発データの取得」という2つの方法で獲得してスイッチOTCを発売しているのである。

 ところで、販売ライセンスや開発データを取得する際には、相手企業に多額の契約料を支払わなければならない。なぜなら、スイッチ成分の知見には多額の費用と時間がかけられているからである。

 大正製薬の場合、本節でケースとして取り上げた2つの製品のみならず、スイッチOTCを数多く発売している。これらはすべて外部の知見を活用したものであるため、大正製薬は多くの資金を要したと推測することができる。

 では、大正製薬にはこれらの資金の支払い能力があったのか。1998年度から現在に至るまで、同社は1000億円以上の現預金を常に保有しており、少なくともOTCメーカーとしてはキャッシュリッチであるといえる。つまり、多くの外部の知見(スイッチ成分)を獲得するための十分な財務体力があったのだ。


 ここで、ひとつの疑問が湧いてくる。なぜ大正製薬は新薬の知見(スイッチ成分)を獲得するにあたり、「販売ライセンスの取得」と「開発データの取得」という2つの方法を使い分けたのか。この疑問を解くカギは、製品が属する薬効領域の製造特性の違いに隠されていた。

 先にケースで取り上げた2つの製品の薬効領域を確認していこう。「ストパン」の薬効領域は胃腸薬、「ジクロテクト」の薬効領域は消炎鎮痛剤である。

 次に、これらの薬効領域の製造特性を見てみよう。「ストパン」が属する胃腸薬領域は、製造の際に必要とされる技術が一般的にそれほど高度なものではないのに対し、「ジクロテクト」が属する外用消炎鎮痛剤領域は、貼布薬や塗布剤といった外用剤への剤型転換の際に特殊な製造技術が必要とされる。

 したがって、大正製薬は自社で保有するノウ(ウや技術力を考慮し、胃腸薬は自社で製造可能だが、外用消炎鎮痛剤は自社で製造困難と判断したのではないか。つまり、大正製薬は、スイッチ成分の薬効領域の製造特性によって、自社で製造するか、あるいは他社に製造を委託するかの判断基準にしていたと考えられる。

 では、製造の際に特殊技術が要求される「ジクロテクト」のスイッチ化にあたり、大正製薬は特殊技術を有する企業群のなかで、なぜ同仁医薬化工をパートナーとして選んだのか。その理由は一体どこにあるのか。この疑問を次に解いていくことにする。