小林製薬の「さん付け呼称制度」の目的とは

 小林製薬には、市場に「小さく入って、大きく育てる」という方針がある。以下では、この方針を次の2つに分け、それぞれのフェーズでの成功のカギを探っていく。

 ①小さく入る(潜在市場を発見するフェーズ)

 ②大きく育てる(製品投入後、市場拡大をはかるフェーズ)

 ③多様なアイデア・ソース―潜在市場を発見する仕組み

 潜在的な市場を発見して継続的にヒット製品を生み出すには、市場を緻密に分析して隙間を見つけ、さらにその市場を開拓していく必要がある。そのためには、さまざまなソースからのアイデア創造が必要となる。

 実際、同社には、アイデアを抽出するための数多くのソースが存在している。社長提案や開発部からの提案、社員提案など内部からの提案はもちろん、原材料メーカーや広告代理店など外部からのアイデアも積極的に取り入れている。潜在市場を開拓するためには、自社開発はもちろん、それにこだわらず外部からも積極的に意見を取り入れているところに同社の市場発掘の強みがある。

 しかし、こうした多様なアイデアーソースだけでは潜在市場を継続的に発掘できない。上記に加えて、「創造と革新」を支える企業風土を醸成する仕組みが不可欠である。小林製薬には、その具体的な仕組みとして次の2つの制度がある。

 ①さん付け呼称制度

 ②社員提案制度

 「さん付け呼称制度」とは、上司も部下もすべて「○○さん」と呼ぶ制度である。ちなみに会長は「Kさん」(名前の一雅をもじって)、社長は「Yさん」(名前の豊をもじって)と社員から呼ばれている。この制度は、仕事においては全員が平等であるという意識から生まれたものである。この制度に代表されるように、上下関係などを過剰に意識しない非常にフラットな組織がつくられている。それゆえに、同僚はもちろんのこと、上司に対しても気兼ねなく自分の意見をぶつけ合うイノペーティブな組織風土が醸成されている。

 「社員提案制度」とは、一般社員から製品のアイデアを募巣する制度のことである。社員はこの制度を通じて、毎月1件以上の新製品アイデアを出しており、年間で1万5000~2万件ほどの新製品アイデアが提案されている。これらの提案は、社員が自発的に提案するようにインセンティブが与えられており、社員は積極的にアイデアを出し合っている。

 小林製薬へのインタビュー調査によれば、この制度は、アイデアを集めることが本当の目的ではない。「消費者視点で考える」「わが社は開発型企業である」という2つの意識を社員に植えつけることが真の目的である。常に新製品のアイデアを考え続けることで、消費者視点でものごとを考えるようになる、そして、開発部以外の社員でも自社が開発型企業であるという意識を高めることができるようになるのである。

 ②わかりやすさのマーケティングー市場拡大をはかる仕組み

 さて、ここまで、潜在市場を発見する仕組みを見てきた。では、潜在的な市場を発見したら、どのようにして、ねらいを定めた市場を広げていくのか。その仕組みに迫っていこう。

 小林製薬では、潜在的な市場(ニッチ市場)、すなわち、消費者自身がまだ認識していない領域を攻めるため、製品効果や使用方法をわかりやすく瞬時に消費者に伝えることが不可欠である。それができなければ、店頭で製品を手にとってもらうことすらできない。では、どのようにしてねらった市場を拡大させているのか。

 それは、「わかりやすさのマーケティング」を行うことで見事に克服している。その製品を見たことも触ったこともない消費者に、その製品のコンセプトや使い方をネーミングやCMで瞬時に伝えることに注力し、消費者自身も気づいていない潜在ニーズを顕在化させ、製品を訴求しているのである。この「わかりやすさのマーケティング」こそが、小さな市場で製品を「大きく育てる」ためのカギだったのである。OTCだけでなく、芳香消臭剤「ブルーレッド」や口腔衛生品「ブレスケア」といった一般消費財にも強み持つ同社だからこそ、その領域で蓄積されたマーケティングーノウハウがあったのである。

 以上、小林製薬は、常に潜在的(ニッチ)市場を発掘し、その市場を拡大させることで成功を収めてきた。まさに、新市場の剔出に成功している企業だといえる。そのカギは次の2点にあった。

 ひとつは、潜在需要の発掘を可能にするための組織風土と、それを醸成する仕組みにあった。具体的には、「さん付け呼称制度」によりフラットな組織を組成し、「社員提案制度」により全社一丸となって潜在ニーズを探索する姿勢を貫いていた。同社のモットーである「創造と革新」を達成するために組織風土を醸成してきたことこそが成功のカギだった。

 もうひとつは、市場拡大の際のカギとなる「わかりやすさのマーケティング」にあった。それは、消費者にとって馴染みがない潜在市場を攻めるためには必要不可欠なものだった。使ったことも見たこともない製品を手にとり、買ってもらうためには、製品やCMを見ただけですべてを理解してもらう必要がある。そうしたノウ(ウの蓄積こそが、もうひとつの成功のカギだった。