当直先で死亡する医師。きついのは研修医だけじゃない


 私は脳神経外科Department of Neurosurgery という科に入局(所属)した。脳神経外科は、夜間の救急emergentも多く、多忙である。食事や睡眠の時間もなく、もちろん風呂に入る時間などないので、「パンツ1枚で、前後表裏4回履き替えなければならない」とまで言われていた。これは職人の意気込みといったもので、1ヵ月くらいは病院に泊まり込む医師も現に存在した。確かにほかの外科や内科よりは数段厳しかったように思うが、それはみな覚悟のうえresolvedである。

 最近は漫画などで研修医residentの過酷なtoo. cruel労働環境の実態が浮き彫りにされている。脳外科neurosurgeonや心臓外科heartsurgeonなどのハードな外科系の研修医は、病院で寝泊まりである。給料は夜の当直アルバイトthe duty part-time job of night で稼ぐ。アルバイトをする余裕のない者は、親の仕送りallowanceを受けている。睡眠時間を削って仕事をこなさなければならない。このような研修医の光景は、医療業界では常態化していた。

 しかし、私は厳しい医局に属していたので、特段研修医だけが過酷な環境にあるわけではなかった。むしろ、教授はじめ、実際に病棟を任されている諸先輩の方々のプレッシャーは研修医とは比較にならなかったのである。これは、研修医をへて執刀医operationsurgeonになり、自分だけの責任になったときに初めて理解できた。研修医には、必ずオーベンObenという指導医がつけられる。患者を担当する場合も、指導医とは責任の重圧が比較にならない。なかには研修医が1人で主治医になるケースもあるが、重症のケースserious case はほとんどなく、最終的には指導医の責任になる。

 もう一昨年になるが、耳鼻科の研修医の過労死が新聞紙上で取り上げられ、ことさら研修医の労働環境にだけ焦点が当てられた報道がなされていた。このニュースがあったときは、われわれ脳外科医だけでなく、ほかの科の医師たちもその偏った報道内容に首をひねっていた。前述したように、自分たちの労働環境の方が、何倍もきついからである。

 余談ながら、過労死と医学的に判断するのは非常に難しい。なぜなら、その原因となる心筋梗塞myocardial infarction や脳卒中strokeなどの突然死sudden death は、ある一定の確率で起こるものだからだ。そもそも、すべての病気にストレスが誘因となっていたり、原因の一部になっているのは医学の常識でもある。私の知っている限りでも、当直室で突然死していた医師を数名知っている。夜の救急患者来院のため、夜勤の看護師が当直室に電話したところ、まったく応答がない。困って当直室まで医師を呼びに行ったところ、机にうつ伏せのまま死んでいたということが、私の当直先の病院で実際にあった。

 このほか、レジデントといって、研修医並みの扱いも受けられない“日雇い制度”もある。私も国立病院で半年経験したが。これは宿舎さえ提供されず、給料も研修医以下という最悪の条件the worst conditionであったのを記憶している。基本的にパートタイマーと同じ待遇であるため、当時社会保険にも加入できなかった。したがって、いわゆる当直night duty などのアルバイトで日銭を稼がなければ、生活は成り立たなかった。

『医療改革のペテン』崎谷博征著より