総合病院における癌患者と精神科医の関わり

 最近まで、主に癌は早期発見、早期治療に目が向けられ、末期癌患者の身体的および精神的苦痛についての対策はなおざりにされてきた。一方、末期癌患者を苦しめる痛みについては、モルヒネなどを用いた世界保健機関(WHO)のガイドラインも発表され、着々とその成果をあげつつある。しかし精神面への対応については、その問題の重大さを認めながらも、その実際的な対応方法などは暗中模索している現状にある。

 末期癌患者は、痛みに代表される身体的苦痛、原疾患の進行状態、患者本人の性格などと、家族、医療者、その他環境的・心理社会的要因が複雑にからみ合い、不安、抑うつ、絶望、怒りなどの情緒的な反応を呈する。また、身体的要因に基づくせん妄などの意識障害を生じることも稀ではない。これら諸問題を総合病院精神科でコンサルテーション・リエゾンワー
クの中の一つとして取り扱ってきたが、今回、癌患者のみを対象にして、精神科医がどのような関わりをしているのか、その実態を調べてみた。

           2.調査の対象と方法

 全国七施設の国立総合病院精神科において,他科より精神科に,あるいは精神科より他科に併診となった癌患者一人ひとりについて,その背景因子,原疾患,精神科との関わり,および精神科診断と対応などをあらかじめ用意した併診記録用紙(表1)に記入し,それを集計・分析した。

 対象例の入院・外来患者別例数,年齢層別例数を表2に示したが,総数は100例(男55,女45)で大部分が入院例である。他科より精神科への併診例は計84例で,うち他科外来からは3例のみで非常に少ない。精神科より他科への併診例は16例で,全て入院例であった。年齢層別では,60歳以上が58例と半数以上を占めた。診療科別の精神科への依頼例数は,外科33例,血液内科15例,産婦人科泌尿器科各10例,呼吸器内科9例,耳鼻科8例,放射線科6例,消化器内科5例などであり,他科診断名は,胃癌13例,子宮癌12例,肺癌11例,悪性リンパ腫8例,膀胱癌7例,結腸癌6例,直腸癌・多発性骨髄腫各4例,舌癌・膵癌・肝癌各3例などであった。

             3.調査結果

 1)背景因子

 他科より精神科へ併診となった84例では、学歴、婚姻歴、職歴、社会的状況などに特に注目される問題はなかったが、配偶者との二人暮らしが20例、一人暮らし2例があり、対象例中、高齢者が多いためと思われる。精神科より他身体科へ併診となった16例では、未婚8例、離婚2例、職業無し13例、長期精神科入院中10例と、その社会的状況の悪さが目をひいた。

 PSは、O~2が47例、3~4が44例、不明9例であった。

 原疾患の治療内容は、手術61例、薬物療法46例、放射線治療33例(重複あり)であった。

 原疾患(癌)認知度は、おおよそ知っているものを含め42例(主治医からきいた16例、おおよそ知っている26例)で、2例については不明、他の56例は癌以外の病気と思っていた。

 身体科の医療チームのチームワークは、身体科主治医が精神科関与に不満の1例と不明2例を除き良好と判断されたが、医療者と患者・家族関係は、良が85例、不良が12例、不明3例であった。

 2)精神科併診への契機

 精神科併診への契機を4群に分け、表3に示した。最も多かった第1群は、不眠、徘徊、不穏、自殺念慮・企図などのための病棟管理上の困難を医療スタッフが訴えた群(病棟管理上困難32例)である。次いで多かった第2群は、患者自身が不安や抑うつ気分など精神面の不調を訴えるためとされる群(精神的訴え22例)、第3群は、患者の訴えに相当する身体所見がない、幻覚や妄想などの異常体験がありそうだなどの理由で精神医学的診断を求められた群(精神科診断17例)、第4群は、精神科通院・入院歴があり、精神科薬処方や病棟管理上の注意点などについての意見を求められた群(精神科通院・入院歴あり13例)である。

 精神科より他科への併診16例は、全て精神症状のため他科病棟では管理上困難で精神科病棟に入院していた例で、うち10例は他精神科病院より治療のために転院してきた例である。他の6例は精神疾患で入院中、癌の併発があり、他身体科に併診を依頼した例である。

 3)精神科併診への導入

 他科より精神科へ併診となった84例では、患者べの精神科受診の説明は、精神科ないし神経科と説明されていた患者59例、不眠症の専門医と説明されていた患者1例、全く何の説明もされていなかった患者が24例もみられた。精神科への併診希望者(重複あり)は、医療スタッフからが79例と圧倒的に多く、その他本人からが13例、家族からが7例であった。

 4)精神科診断と状態像

 他科より精神科への併診84例では,不安・抑うつ状態31例,せん妄状態15例,心気状態5例,老年痴呆,分裂病,てんかんアルコール依存症,心因反応,幻覚妄想状態,不眠症各3例が主なもので,精神科より他科への併診16例では,分裂病9例が最も多かった。

 5)精神科の対応

 併診依頼を受けた精神科の対応は,まず往診を要した例が48例と過半数を数え,治療内容やその他の対応は(重複あり),精神科的薬物療法72例,精神療法61例,精神科への転棟2例,診断のための検査2例,術後せん妄時の処置指示1例,一人部屋に移す指示1例,そのまま様子をみるよう指示1例で,再併診の有無については,無し14例,有り70例(依頼時のみ14例,精神科から積極的follow 56例)であった。

              4.問題点

 以上の調査結果から、主な問題点についてみると

 1)癌患者の精神科併診率の低さ

 総合病院精神科において新患者総数の1/4~1/3は他身体科よりの併診依頼例で占められており、その数は最近ますます増加の傾向にある。平成元年度1年間の国立病院医療センター精神科へのこの依頼率は33.1%であり1)、うち、癌患者は4.1%と極めて少ない。また、同年度の1ヵ月間の他科入院患者総数中の精神科受診率(併診率)は、癌患者では0.8%で、他疾患患者1.6%に比べ半分でしかない。

 精神科併診について、患者、家族、主治医らに抵抗がある(精神科というレッテルを貼られたくないなど)、主治医が癌という重大な身体疾患そのものの診療に追われ、患者の精神状態に細かな配慮をする余裕がない、また、主治医、家族ともが精神面の不調について、癌だから仕方がないと諦めてしまっているなどが考えられるが、さらにその実態を知る必要がある。

 癌患者の精神科併診率の低さは当院ばかりでなく、本調査を依頼した国立呉病院では、この低率のために、リエゾン回診と称して他身体科病棟を積極的に回り、癌患者との関わりを求めたところ、その後、癌患者の精神科併診率は他疾患患者と同率になったと報告している2)。また当院においても、平成3年になり癌患者の精神科併診者数が倍増してきている。これは、数度にわたる癌対策会議に当院の他身体科の医療スタッフが参加し、癌患者に対する精神科の関与に関心が持たれたためではないかと推察している。これらは、精神科医が受け身の姿勢でいるかぎり、癌患者との関わりは薄く、癌以外の身体疾患者と同率、あるいはそれ以上の精神科併診率にするためには、精神科医のより積極的な姿勢と実効ある役立ち方が必要であると考えられる。

 2)病棟管理上の問題での精神科併診の多さ

 他身体科が精神科への併診を希望する最多の理由が、病棟管理上の困難さのためとする例が48%と半分を占め、精神科診断の要請17%、精神科通院・入院歴があるため13%も、病棟管理上の問題として大きくまとめると78%にも達し、精神科への依頼要請の4/5を占めている。そして、その併診希望者は医療スタッフで94%を占めているという高さは、そのことを裏づけている。

 癌患者の精神的ケアの重要性がとりあげられている現在、実際に精神科が関与している大部分が病棟管理上の問題でしかなかったことは、非常に残念なことである。

 3)精神科併診への導入の問題

 これは癌患者に限ったことではないが、先に述べたように癌患者に精神科併診への説明が全くなされていない例が28.6%にみられたことは、非常に残念な問題である。患者の心理、心情を深く理解し、いかに精神科併診が望ましいかを懇切に説明し、了解を得、主治医自らが精神科医を紹介してくれることが最も適切と考えられるが、患者に精神科へと言いにくく、指示表にただ「精神科併診を」と記し、仲介のナースも戸惑い、依頼された精神科医も困惑することになる。最初の出会いは何においても大切である。コミュニケーションの悪さがいたずらに患者や家族、医療スタッフを困惑させ、不測のトラブルを招くことも稀ではない。患者が説明を十分に了解できない場合も予想されるが、そのような場合は事前に主治医からどのように患者に説明し、どのように患者が了解しているかをあらかじめ伝えてもらい、その導入方法を相談し合うことが必要と思われる。

 4)癌の進行状況と精神科併診後の経過

 国立病院医療センターで調べた結果であるが、PSがOと1の群では精神症状は精神科併診後ほとんどの例が軽快を見、PSが4の群では38%しか軽快が見られなかった。また、精神科併診後3ヵ月以内死亡群とそれ以外群では、前者全例において精神症状の軽快が見られなかった。 PSの良好群では、精神科的問題に関してなんとか対応出来たようであるが、末期状態にある癌患者への対応はなお至難で、試行錯誤の域を出ていないようである。

             5.おわりに

 総合病院における癌患者と精神科医の関わりの実態の一部を述べた。今回の調査施設では、誰もが、癌患者が精神的問題を抱えていることは認めながら、精神科においても他科においても、その時その時の差し迫った状態にのみ対応しているのが現状のようである。もっと精神科と他科が連携を深め、良き医療チームを組み、とりあえず現実的なところから、癌患者の精神的ケアの充実に努めていかなければならぬと思われた。