オランダの積極的安楽死法:自殺幇助の28条件

 現在、積極的安楽死を法的に保障している国や地域はない。だが各国ではその動きも起こっている。

 アメリカのカリフォルニア州では、一九七六年(昭和五十一年)に制定された自然死法からさらに一歩進んだ安楽死法が住民投票にかけられた。一九九二年(平成四年)にはいってのことである。この法案は、積極的安楽死を望む患者とその家族、そしてそれを現実に行なう医師に法的な免責を与えようというのであった。

 対象になるのは、治癒の可能性がなく、余命六ヵ月以内と複数の医師によって確認された患者で、さらにその患者と家族の署名、とくに患者の署名が自身の意思にもとづいているとの立会人の署名も必要とされる。これらの条件を満たしたうえで、医師は「自殺幇助」ができる。その手段は医師に任せられている。そして法的には責任は問われない。

 妻の安楽死を看取った弁護士が、この法案を提案し、住民投票に必要な三十八万人の署名を集めた。それが住民投票にかけられたのだ。一九九二年(平成四年)十一月三日、住民投票の結果、四九パーセントもの賛成を集めたが、少差で否決された。

 ここまで法的に明文化するのは、住民にもまだ抵抗が多いということだろう。だが、積極的安楽死を容認する方向にむかっているとはいえる。安楽死を公然と認める法案が一九九三年にオランダで可決されている。

 一九七一年にオランダでは、医師が自らの母親を安楽死させた。末期の苦痛からの解放を望んだ母親の遺書が発見され、この意思は尊重されるべきだという世論が高まった。これが機になって法制化の動きが起こった。最終的には法制化はならなかったものの、オランダ王立学会が定めた厳しい条件内で安楽死は認められることになった。

 この前提になっているのがリビング・ウイルである。生前に知的、肉体的に健康な状態のときに安楽死を求めていた患者二千三百人が、このシステムを導入した一九八六年以降に安楽死している。

 ところがオランダ国内では、このような準法律的ではなしに積極的安楽死を法的に認めるべきだとの声が根強く、「自らの死を決めるのは個人の権利である」という意見に共鳴する国民が多かった。そこでオランダ政府は、一九九一年(平成三年)十一月に積極的安楽死を認める法案を策定し、下院に提出していた。それから一年余の審議を経て、一九九三年に下院で賛成多数で可決されたのである。

 この法案は、二十八の条件を定め、これをすべて満たしていれば、医師は積極的安楽死を行なっていいとなっている。自殺幇助なども可能になるわけである。

 二十八条件は、①患者が不治の病い②医療で緩和のできない苦痛がある③死期が迫っている④患者自身の意思⑤担当医以外の医師の判断、などが含まれているが、積極的安楽死を懸念する論者の不安がすべて盛られている。ただ、この二十八条件を満たさないで積極的安楽死を行なった医師は、現行刑法(積極的安楽死を行なった医師は最高十二年の禁錮刑を受けるという条文がある)で訴追されることになる。これが歯止めになっている。

 この積極的安楽死法は、上院で承認され、一九九四年(平成六年)一月から実施。

 各国とも立法化は宗教的、医学的、文化的理由があって困難な状態にあるといわれているだけに、オランダではどのようにこの法律が運用されるか注目されている。すでにアメリカのミシガン州の医師ジヤック・キボキアン博士のように自ら考案した「自殺装置」で、十二人のがん末期患者を自殺させているケースもある。この場合は、本人の意思が明確ではあるが、それは安楽死というより、積極的自殺幇助という意味あいが強い。こういうケースがオランダでも日常化するかもしれない。

 キボキアン博士の行為に対して、ミシガン州議会では法的にどう対応するか、論議がつづいているという。

 安楽死はどの国でも現在改めて根本から問い直しが始まっているが、オランダとアメリカだけは突出したかたちになっている。

安楽死尊厳死保阪正康著(1994年)より