抗菌グッズが人類を滅ぼす

細菌が耐性を獲得する方法には形質転換という方法がある。土壌にすむ細菌の枯草菌はこの方法を採用している。形質転換とは細菌細胞が破裂して周りに放出されたNAをとりこむ方法をいい、いわば死んだ仲間のDNAを拾って利用するやり方だ。耐性遺伝子をもつ仲間が何らかの理由で死んで壊れると、耐性遺伝子をちゃっかりいただくことで耐性を獲得する。

 こうしたさまざまな伝達方法で、少数の細菌がもつ耐性遺伝子が別の細菌へ伝播していく。今ではあらゆる種類の細菌に耐性菌が出現している。この章の最初に述べた結核菌もすでに多剤耐性を獲得したものが現れ、食中毒を起こすサルモネラ菌、淋病を起こす淋菌……、VREだけでなくバンコマイシンに耐性をもったMRSAの出現も一九九七年に確認された。

 細菌だけではない、マラリア原虫にも薬剤に耐性をもつものが出てきて久しいし、HIVなどのウイルスについても同様の状況だ。ヒトがこれまで開発してきた薬に対して微生物はことごとく耐性を獲得している。

 では、耐性菌の攻撃に対してどのような対処をすればよいのだろうか。

 創薬会社などでは新たな抗菌剤の開発に力を入れているが、それではいたちごっこの繰り返しは終わらないだろう。もっとも企業にとってはいたちごっこが終わってしまうほうが困るのかも知れないが。医療現場では多種類の薬剤を効果的に組み合わせて使う方法を模索しているが、多剤耐性菌に対する最も有効な対処方法は、それが増殖することを防ぐことで、そのためには皮肉なことだが抗菌剤を使用しないことがいちばんなのだ。

 とはいってもすでに病原菌に感染している患者には抗菌剤は絶対に必要なものである。気をつけなければならないのは抗菌剤の使用のしかたで、さほど必要に迫られていないのに安易に抗菌剤を使用するとか、医師から決められた抗菌剤の服用期間を途中でやめてしまうと、耐性菌の出現を招きやすい。抗菌剤を使うときは病原菌を徹底的にやっつけてしまわなければ、耐性を獲得した菌に反撃を食らう覚悟がいる。

 アメリカータフツ大学のレビー博士は、家庭や町なかにあふれている抗菌グッズに対して警鐘を鳴らしている。中途半端な抗菌グッズは耐性菌を増やすだけで、長期的には効果がない。それどころか、抗菌グッズの成分には医療用抗菌剤(抗生物質)に似たものもあり、それらを日常的に使用していれば、いざ病気になったときに抗菌剤が効かない可能性かおるという。不潔な環境は病原菌をはびこらせるが、清潔にこだわりすぎても病原菌の力を強めることになる。ほどほどに汚れているのがよいのだ。

 レビーはまた野菜や果物を食べるときはよく洗うようにと警告している。残留農薬は人体にとって有害なのはもちろんだが、同時に農薬で死ななかった耐性菌をも食べることになるからだ。腸に入った耐性菌は通常は無害だが、何らかの原因で有毒化することもあるのだ。