乳癌の新規ホルモン剤:GnRH agonist であるZoladexなど


 乳癌には他臓器癌と異なり、ホルモン療法という特有の治療法がある。最初は卵巣摘出術が行われ、進行、再発乳癌に対してかなり効果の高い治療法として約100年の歴史があり、現在も数は少ないが行われているすぐれた治療法である。これは卵巣から分泌されるエストロゲンを根絶することが目的であり、乳癌がエストロゲンにより、エストロゲン受容体を介して増殖することから、理論的にもはっきりした根拠のある治療法である。しかし、エストロゲンは副腎などからも分泌されており、卵巣摘除だけでは、血中のエストロゲンをゼロにすることはできないことから、エストロゲンの作用を抑制する薬剤が発明された。これがTamoxifenであり、エストラジオールのエストロゲン受容体(ER)への結合を拮抗的に阻害する。しかしながらER(十)の乳癌でもその有効率は60%であり、他方ER (-)の乳癌でも10~20%位の有効症例が認められている。すなわち、 Tamoxifenの作用はERを介するもののみでなく、他の作用も考えなくてはならない。事実、各種増殖因子あるいは増殖阻止因子との関連性が次第に明らかにされつつある。

 最近の有望なホルモン剤としてはMPA (medroxyprogesterone acetate)がある。 MPA はホルモン剤としてはかなり大量の0.6~1.2grが1日量として投与され、ユニークな作用をもつ、しかし臨床的には大変役に立っている薬剤である。その抗腫瘍効果のmechanismは実際のところ明らかでなく、種々の作用機点をもっている。なかでも特徴的なことは、抗腫瘍効果はもちろん30%以上あるが、その他に食欲増進(体重増加)作用と骨髄保護作用が認められることである。これらの作用は癌の末期患者にとっては特に有用なことであり、抗腫瘍効果が認められない場合でもみられる。従って、他の抗癌剤との併用により、抗癌剤の白血球減少防止や、貧血防止の上からも有用である。また、乳癌特有の骨転移の疼痛を緩和する作用も認められており、臨床家にとってありがたい薬と言える。ただし副作用として、血栓の発生が報告されているので、血栓を起こしやすい素質を持つ患者には投与しない方がよい。約4万例の使用患者の調査では0.17%の血栓症発生か報告されている。特に手術後の補助療法として術直後から投与することはさけるべきである。

アンドロゲン系の薬剤であるTestosteroneやFluoxymesteroneは、 Tamoxifenが出るまでは比較的使用されていたが、肝機能障害や男性化作用などがみられることもあり、その後はあまり使用されなくなった。

 乳癌の発生や増殖に関与するエストロゲンは、閉経後10年以上たった老齢の乳癌患者で著効を示すことがある。その作用機作についてはまだはっきりしていない。閉経前患者に投与することは禁忌であり、またホルモン療法を熟知した専門家のみ使用すべきであろう。副作用としてはエストロゲンの作用そのものが出現する。すなわち性器出血、乳頭着色などがみられる。

 抗エストロゲソ作用物質としてはTamoxifenの他にEpitiostanol、 Mepitiostaneが使用可能であるが、 Tamoxifenに比べ抗腫瘍効果は弱く、かつ副作用もみられることから、近年あまり用いられていないようである。

 また新規ホルモン剤としてGnRH agonist であるZoladexがある。これは前立腺癌にも有効ですでに市販されている。本剤はデポ型で4週に1回の投与で済むので、臨床上極めて有用である。 GnRH のdown regulationを引き起こし、結果的には血中のエストロゲン濃度を下げる働きをする。しかし実際にはホルモン産生系の上位で作用することから、もっと多岐にわたった作用機作によって総合的に抗腫瘍効果を発揮するものと推察され期待のもてる薬剤である。有効率も乳癌で30%以上認められており、他剤との併用も期待される。

 もうひとつの新規ホルモン系薬剤としてaromatase inhibitor であるCGS16949Aがある、これは、 AndrogenからEstrogenへの代謝を抑止する薬剤であり、作用機作としては理想的である。これを連日経口投与することにより、血中Estradiol-17βは低下する。このような新しい作用機作をもつホルモン系薬剤の登場は治療の幅を広げるものであり、ホルモン系同士のみならず、抗癌剤との併用にも大きな期待がかけられている。