統合失調症の病因:ドパミンや他の神経伝達物質

 統合失調症の病因についての神経化学的学説は、二〇世紀前半から唱えられ、広範な研究がなされてきました。最近の二〇年間ではドパミンという神経伝達物質が最も注目されています。この物質は、カテコールアミン類に分類される脳の化学物質で、神経細胞間の情報伝達を担っています。ドパミン統合失調症に関連しているのではないかと考えられるようになったのは、多量のアンフェタミン覚醒剤)を投与するとドパミン濃度が上昇し、同時に統合失調症類似の症状が現れるからです。また体内でドパミンに変換されるL‐ドーパを患者に投与すると、しばしば統合失調症症状が悪化します。最後に、統合失調症の治療に効果がある薬はドパミン作用を遮断することが現在わかっています。これらの理由から、多くの研究者はドパミンの過剰が統合失調症の病因の一つではないかと考えています。ドパミンは体内でいくつかの酵素の作用により分解されます。その酵素の一つがモノアミン酸化酵素であり、この酵素に関する研究は数多な
されています。さらに、ホモバニリン酸というドパミンの代謝物についても広く研究されています。現在、脳には七種の異なったドパミン受容体があることがわかっています。

 統合失調症においては、ドパミン以外にも、ノルアドレナリンセロトニングルタミン酸ガンマアミノ酪酸ヒスタミンアセチルコリン、そして神経ペプチド(コレシストキニン、ソマトスタチン、ニューロテンシンなど)などの神経伝達物質についても研究されてきました。技術の進歩によって、こうした物質やその受容体の測定がより正確にできるようになっています。今までのところ、脳のいくつかの領域でドパミン受容体(D2受容体)が過剰にあるということ以外に一致した知見は得られていません。

 ドパミンなどの神経化学物質が統合失調症の病因として関連するという説は長い間研究者をひきつけてきたのですが、この説には問題点もいくつかあります。ほとんどの研究は死後脳の標本を用いて行われていますが、死後、神経化学物質がどの程度変化したかを知ることはしばしば困難です。また、抗精神病薬が多くの神経化学物質に影響を及ぼすことも知られており、以前なされた多くの有望な発見が、その後単に薬の影響にすぎなかったことが示されています。しかし、ドパミンや他の神経化学物質の理論に対する最も重大な批判は、これらは病気の病因についての仮説という・・・より、病気の発生過程あるいは病態生理に関する理論ではないかという点です。もし、ドパミン神経系の変化が統合失調症の病因であるなら、その変化はどうして起こるのでしょう。その答えは、遺伝的欠陥、ストレス、ウイルスなどによるのかもしれません。つまり、ドパミン系の変化を説明するためには他の学説をもち出す必要があるのです。