統合失調症に関する少数派の学説


これまで説明を加えた主要な学説のほかに、あまり注目されていない学説もあります。

免疫系機能異常

 この五〇年間、統合失調症患者における免疫系の機能異常がずっと報告されています。初期の報告のほとんどは、いろいろな物質を皮下注射した場合の免疫応答の低下に注目していました。最近では、リンパ球の異常、脳脊髄液中のたんぱく質の変化、自分白身の身体をターゲットとする抗体(自己抗体と呼ばれます)、そして免疫応答経路を補助するインターフェロンとインターロイキンの変化が報告されています。この分野の最近の報告のなかには、非常に興味深いものもあります。

 統合失調症における免疫系の研究のなかで大きな問題は、ニワトリが先か卵が先かの問題です。免疫系の機能異常が統合失調症の病因になるのか、それとも免疫異常は単に統合失調症を発病したことによる二次的な影響の一つにすぎないのかという疑問です。もう一つの問題は、抗精神病薬も免疫系を変化させる可能性があり、‐事実、統合失調症に観察された免疫系の変化のなかには、薬の影響であることが判明したものもあります。それでも免疫系の機能障害に関する研究は、現在でも統合失調症研究の有望な一分野です。

栄養と食物アレルギー

 ペリペリ(ビタミンB一欠乏症)やペラグラ(二コチン酸欠乏症)、悪性貧血(ビタミンB12欠乏症)などの精神症状を現す病気の原因がビタミン欠乏であることが発見され、統合失調症の栄養学説が唱えられました。しかし、あらゆる栄養の欠乏と食物アレルギーについて調べた結果、ほとんどが失敗に終わりました。ただ多くの研究は方法論的にしっかりしたものではありません。一九五〇年代、ハンプリイ・オズモンド博士とエイブラムーホッフアー博士は、多量の二コチン酸やその他のビタミン類やミネラルで患者を治療し、いちじるしい効果が認められたと主張しましたが、その後その主張は支持が得られていません。統合失調症をビタミンやミネラルで治療することは、オーソモレキュラー精神医学〔オーソモレキュラーとは、身体の分子成分を栄養で調節するという意〕として知られるようになり、そこからアメリカ統合失調症連盟という家族組織が創設されました。

 現在では統合失調症研究者のほとんどは、栄養と食物アレルギーを有望な研究の対象とは考えていません。オーソモレキュラー精神医学は、一時的に流行する食べ物に飛びつく人々や特定の食物を礼賛する宗教グループに受け入れられたかたちとなり、多くの人々から科学的ではないと考えられています。これは残念なことです。というのも、特定の食事療法が有効であると思えるような患者を時々見かけますし、本当に栄養が原因で統合失調症になった一群がわずかながらいるように思えるからです。

内分泌機能障害

 内分泌機能障害が統合失調症の病因として興味をもたれるのは、甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症、副腎機能亢進症(クッシング症候群)などの内分泌疾患の重症例ではどれも統合失調症類似の精神症状が現れることがあるからです。関連することとして、産褥期精神病も、分娩後に起きる急激なホルモンの変化が原因であると考えられています。このようなことから、より軽微な内分泌機能の異常が統合失調症の病因に寄与しているのではないかと考える研究者もいます。

 内分泌機能障害説を示唆する知見の一つは、患者のなかには強迫的に水を飲む(水中毒)人がいることです。水分摂取は下垂体後葉から分泌されるホルモンの影響を受けます。また、ドパミン系を刺激するアポモルフィンという薬物を投与した際に、その反応として分泌される成長ホルモンの量が異常を示す患者がいますが、これは下垂体前葉ホルモンも統合失調症に関連していることを疑わせる所見です。また統合失調症患者は、下垂体前葉から分泌される生殖ホルモン系(卵胞刺激ホルモンと黄体化ホルモン)に異常があるという主張もあります。確かに、女性患者のなかに月経周期が不規則な人がいることはよく知られています。インスリンを投与して昏睡状態にすると、統合失調症患者のなかには統合失調症症状が短期的に寛解〔症状が一時的に治まって安定した状態〕する人がいることから、インスリンの代謝が注目されています。一型(インスリン依存性)糖尿病患者では統合失調症罹患率が一般より低く、H型(インスリン非依存性)糖尿病患者では罹患率が高いといわれています。また、統合失調症においてメラトニン松果体についても広く研究されていますが、現時点での一致した見解としては、これらに異常は見られません。

 内分泌機能の障害が統合失調症においてどのような意義をもつのかは正確にはわかっていません。それは統合失調症に罹患することによって受けるストレスに対する反応であるかもしれませんし、抗精神病薬の影響であるかもしれません。また、内分泌機能の異常が、病気の発生過程のさらなる一面であるかもしれませんが、そうだとしても驚くほどのことではありません。というのも、多くの内分泌機能をコントロールしている視床下部は、大脳辺縁系のすぐそばにあり、辺縁系と緊密につながっているからです。